アトムグループ医療・福祉・教育で少子高齢化社会をサポート*
*
連載記事

あのねあのね

住みにくい世をくつろげて

「人の世を作ったものは、神でもなければ鬼でもない。やはり、向こう三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば、人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は、人の世よりもなお住みにくかろう。住みにくければそれをどれほどかくつろげて、つかの間の命をつかの間でも住みよくせねばならぬ」。

ご承知のことと思うが、あの『坊ちゃん』の夏目漱石の「草枕」の一節である。

今の世が住みにくいからといって、逃げていって住む国はない。ならば今のこの世を少しなりともくつろげて、つまり、住みよい所、福祉のまちに作りなおして、みんながしあわせに生きられるようにしなければならない。人はみな、つかの間の命を生きているのだから・・・ということであろうか。

『「社会」というのは「ともに重荷を負いわける」という意味があると教えられた。とても大事なことだ』と、書いておられるのは、筋萎縮症で明日をも知れぬ命を生きる石川正一君のことばである。

社会福祉だとか、福祉社会だとかいうこの社会が、本来、互いに重荷を負うという意味をもっているということに気づくとき、ただ、人間が集まった所としてだけしか考えないあり方を反省させられた。

「助け合いの心」を育てよう。思いやりやいたわりの輪を拡げよう。まごころを出し合い届けあおうという県民運動は、今日、物に奪われて心を失ったといわれる我々の社会に、一条の光を指し示すことではあるまいか。

この人が不幸だからするのではない。この老人がさびしいから助けるのではない。この子が不自由だから手を貸すのではない。

持てるものが持たないものにではない。しあわせなものが、ふしあわせなものにではない。もてるものももたないものも、しあわせなものもふしあわせなものも、共に生きともに学びともに在ることなのだ

共に存在するそのことが、福祉なのだという発想を、お互いが確認したいと思う。

楠野義計さん 楠野 義計 さん

アクティブボランティア21
理事長

UP